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ついでなので(笑)

 お金の話を(笑)
 江戸の貨幣単位は武田氏のものを踏襲している部分があるんです。

甲州金

 純良な金を使った甲州金はこの一粒がおよそ15g、これを壱両と言いました。戦国時代人の財布の中身はこんな感じですか。

 戦国の財布
 
 「両」=約15g、「分」=1/4両、「朱」=1/4分、「朱中」=1/2朱、「糸目」=1/2朱中、「小糸目」=1/2糸目、「小糸目中」=1/2小糸目
 4進法・2進法によっているわけですね。この単位のうち、両・分・朱の4進法の単位が江戸時代の金貨の単位になったと。

 僕が考えているのは別に金の計算だけではなくて(笑)徳川家康がなぜここまで武田流を取り入れたのか、ということで。武田の家臣も多く取り込み、軍略も取り入れています。

 でも、書いているのは家康ではなく服部半蔵なのですが(爆)ああ、どんどん横道に逸れていくぜorz 
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コメント

>制度として武田氏が整っていたんですね。単位は国事に違っていました。一升枡の大きさとか(^-^)
>天秤秤。鋭いですね(^-^)そういう理由かも知れません(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン
ということは、江戸時代以前は「国」によって、金銭の単価が違ったということですか?
私は、写真の金の粒だらけがいいなぁ~。(そりゃ、誰だっていいですよね。)(笑)

やっぱり、武田家は優秀だったのですね。……
なぜ二分の一、四分の一?と思ったのどすが、今みたいにハカリで簡単に量れるわけでなく、いちいち天秤秤で量っていたとすると、、半分そのまた半分と左右を揃えるのが楽だったから?なんち、考えてしまいましたが(;^_^A武田信玄がすごく頭が良くて、また優秀な役人を登用していたということどすかね?

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